SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

カエサル『ガリア戦記』


ガリア戦記 (岩波文庫 青407-1)

ガリア戦記 (岩波文庫 青407-1)


Caesar, Commentarii de Bello Gallico, B.C. 52−51.
直訳すると『ガリア戦争注解』。


B.C. 58-51年にわたり行われたローマ軍のガリア遠征の記録。
1年ごとに1巻の体裁を取り、全8巻からなる。
ただし、カエサルが書いたのは7巻まで。最後の1巻はカエサル死後、ヒルティウスの加筆による。
なぜ7巻までしかカエサルが書かなかったのかについては、52年のアレシアの戦いでガリア遠征の目的が達成されたからと考えられている。


現存写本で最古は9〜10世紀。重要とされる写本はここから12世紀頃までの数点。


多くのラテン語初学者にとって、真っ先にお手本と指定されるテクストが『ガリア戦記』だと思うが、その理由は極めて単純。特別詞藻を凝らした美文でも難解な技巧を凝らした文体でもないから。
元々は報告書で、それにカエサルが後からコメントを加えたのが当該のテクスト。ラテン語タイトルがまさにそのことを示している。


カエサルはローマ軍指揮官として、毎年元老院に現地報告書を送っていたが、これが恐ろしく詳細なものだったらしい。スエトニウスによれば、元老院を熱狂させ、お祭り騒ぎにまでさせたほどであったらしい。
報告書でこれほどの反響を呼ぶというのはちょっと異常。


ガリアの地理、ガリア人、ゲルマン人との死闘、彼らの習俗・行動、指導者たちの思惑、兵士たちの士気の浮沈、諸々の状況を、詳細に、かつ淡々と綴っていく。
これが臨場感を引き立てる効果を出す。


面白いのが、カエサルはこのテクストの中で、おそらく一度も「私」を使っていない。常に「カエサルは〜」と書いていたはず。
やはり報告書だからなのか。


ローマ軍の強さは、カエサルの機略と、大軍団、歩兵の強さももちろんあるが、彼らの土木工事技術力に拠るところが非常に大きいように感じた。
短期間で橋を造り、あるいは大量の船を造ったり、あるいは砦や堡塁を素早く造ったり、巨大な攻城機でガリア人を畏怖させるなど、こういった技術力が、常にローマ軍を優位に立たせ、あるいは形勢逆転に持ち込むきっかけを与えてきた。


特に橋を架けることにプライドを持っているところなどは面白い。


逆に、ガリア人は勇敢で騎兵を駆使して強力なのに、部族連合の悲しさか、内紛と団結力の弱さによって結局ローマから決定的勝利を奪えないまま敗北していく。


陣形を含めた詳細な戦闘の記述も面白いのだが、ガリア人やゲルマン人の習俗について言及している所などは非常に面白かった。


ガリア人神官による裁判やその手続きなどは、ブリタニア由来のものであるとか、神官教育には膨大な詩(歌?)の暗記が必要であるとか、しかもその教えには文字を使うことが許されないとか。
しかし他の事柄は公私問わずギリシア文字を使用するとか(しかしこれは本当にギリシア文字だったのだろうか?)
文字を知らなかったわけではなく、文字を使用することに対しての意識の高さと深い意味を持っていたことなど興味深い。


さらにゲルマン人についての記述は、タキトゥスでも言及されていないようなゲルマン人の習俗についての指摘があったりして楽しい。


たとえば、ゲルマン人は幼少の頃から敢えて困苦と労働を求め、一番長く童貞を守っていた者が絶賛されるとか。童貞を守ることによって、巨躯になり、体力・精神が強くなると考えられた。
20歳前に女性を知ることは恥とされた、とか。
どこぞの国のネットの住人が聞いたら喜びそうなネタだ。


地理も面白い。
広大で未踏の深奥なる「ヘルキニアの森 Hercynia」なんて、現在のドイツ中南部の山岳地帯一帯のことらしいが、当時はいかにも魔物か怪物でも出そうな幻妖の森として認識されていたらしい。
ちなみにガリアの地理と部族の分布図を手元に置いて読まないと、面白さは今ひとつかもしれない。


さて、ガリア人側の「英雄」と位置づけられるウェルキンゲトリクス(Vercingetorix)が登場するのは6巻以降。
しかし、彼の最後はかなりそっけなかった。


ガリア戦記』は、ドイツにとっての『ゲルマニア』のように、近代フランスにとってかなりの喚起力を持っていた。王政期、特に第2帝政期のガリアブーム。アレシアの地の同定作業や、自由のために戦うガリア戦士イメージ、なかでもウェルキンゲトリクスがクローズアップされた。それからヴィシー政権下でも「ガリア人」は利用されることとなるのは有名。

現在、ガリア戦記研究がどうなっているのか知らないし、このテクストをどう使って、どういった研究しているのかも知らないけど、そっちを調べるのも面白そう。