SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

 『中世音楽の精神史‐グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ‐』


中世音楽の精神史―グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ (講談社選書メチエ)

中世音楽の精神史―グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ (講談社選書メチエ)


やはり難しい。


音楽は中世において三学四科の内、四科の一つとされていました。この自由七学科を修めてようやく神学や法学などの学問に進める基礎科目であり、これを修めることを「教養」と呼んでいたわけです。
これは一応常識。


で、この四科、算術、音楽、幾何学天文学からなる。これらはすべて数学的知であり、いずれも真理を探究するための学と見なされていた。
音楽は中でも思索プラス道徳とも関わる学と初期中世以来位置づけられていました。


この音楽は、「調和」harmonia を追求する学問で、この調和は宇宙の魂と直結していると考えられていた。
ここで言う調和とは、音の高さとその比率の構成を指しています。
音の和は霊魂と肉体の和と連動していて、それがさらに天と繋がっているとされた。
ですから、天は歌うわけですな。
この辺の入門段階を読んで、何をバカなと取るか、これを面白がれるかが、ある種中世音楽に興味を持てるかにかかってくるのかもしれません。


で、音の高低、比率による調和を追及するという考え、古代ギリシャピュタゴラス派の影響を色濃く残しているので、実際の議論はとにかく数比の議論が延々と続きます。


この辺で、音楽論も知らない、数学苦手な人間としては段々イメージが掴みづらくなってくる。


例えば、協和音には5つあるといって、その数比関係を列挙すると、


ドゥプラ  2:1 ディアパソン(完全8度)
トリプラ  3:1 ディアパソン・クム・ディアペンテ(完全12度)
クワドゥルプラ  4:1 ビス・ディアパソン(2オクターヴ
セスクィアルテラ 3:2 ディアペンテ(完全5度)
セスクィテルツィア 4:3 ディアテッサロン(完全4度)

だといいます。分かる?


さらに、


完全5度(ディアペンテ)と完全4度(ディアテッサロン)の差は全音(トヌス)で、その比率はセスクィオクターヴァ(9:8)であるが、これは協和音ではない。


とか、音階の議論では、


完全4度を基に、上下2つの音の間に一定の法則にしたがって、2つの音を定めたもの、つまり4つの音を含む完全4度の音程をテトラコルドと呼ぶとする。
音階とは、このテトラコルドの積み重ねであり、それには間に置かれる2つの音の位置によって多様になるが、基本は3種類、ディアトニック、クロマティック、エンハーモニックと呼ばれ、ディアトニックは完全4度を下から上に、半音(セミトヌス)1つと全音2つに分割する。これに対し、クロマティックは半音2つと短三度(トリヘミトヌス)1つに、エンハーモニックは4分音(デイエシス)2つと長3度(デイトヌス)1つに分割する。そしてこのテトラコルドを2つ重ね、さらに全音1つ加えたのが1オクターヴであり、同様のオクターヴを上に重ねると、4つのテトラコルドを含む2オクターヴが成立し、これを大完全音階と呼ぶ。


全然イメージ湧かん。


さらにこの音階には15の音の名前が付けられ、これがさらに天体と結びつく。

土星=ヒュパテー・メソーン(後世の音高表示ではE)
木星=パリュパテー・メソーン(F)
火星=リカノス・メソーン(G)
太陽=メセー(a)
金星=トリテー・シュネーメノーン(bフラット)
水星=パラネーテー・シュネーメノーン(c)
月=ネーテー・シュネーメノーン(d)

そして数率の議論の序では、ピュタゴラスを引用して、物を計る時に大小を計る場合と多少を計る場合があり、前者は量を、後者は数を計っていることになるが、幾何学は固定された量を計り(大地を計る学だから)、天文学は天体の軌道のように動的な量を計る。算術は数そのものに関する学だが、音楽は数と数の関係を学ぶ学であると述べる。

この辺はなるほどと思って読める。


で、また例によって数比が紹介される。それでこんがらがる。


面白いのが、音楽は聴覚=感覚と理性という人間の2つ能力の調和を目指すべきものだという点。
音の和を超えて、人間の探求にまで行くところがスケールがでかい。



以上は2章の抜粋で、中世、音楽教育の教科書的役割を果たす、ボエティウスの『音楽教程』からの紹介でした。


このあと、オルガヌムの成立、記譜法の発達、アルス・ノヴァとアルス・アンティカの違い、イタリア・トレチェントの音楽と話が進みます。


音楽理論や記譜法の話は、「野蛮人」の僕にはしんどかったですが、社会背景とか人物の話などではかなり参考になりました。
説教との関係などは全く言及無かったですが、この側面は最近注目を浴びつつあるので、少し突っ込んでみる価値ありという気持ちを強く持ちました。


僕的に、盲点だったのが、音楽ではフランスがリードしていて、イタリア、イングランドが遅れていたということ。
大学の発達と関連するから当然と言えば当然。
ついイタリア先進地域的先入観が働いてしまいます。


基本的に教会音楽を中心としているので、トルヴェール、トルヴァドゥールなどの話はあまり触れられていません。
これはしょうがないですね。


音楽、数学に自信のある方だと、さらにこの本の面白さが分かるんでしょうね。



上尾信也「楽師伝説‐人びとと音楽をつなぐもの‐」(甚野尚志・堀越宏一編『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会、2004年、231‐249頁



これは学部一年向けに書かれた入門書。全編です・ます調。


筆者は日本で音楽社会史を標榜する人。



中世ヨーロッパを生きる

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