SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

『気候の歴史』


気候の歴史

気候の歴史

  • 作者: エマニュエルル‐ロワ‐ラデュリ,Emmanuel Le Roy Ladurie,稲垣文雄
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 2000/06/01
  • メディア: 単行本
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これは己のために読んでいたもの。
なんだか予想外に面白い。


自然科学と歴史学のステキなコラボレーションを示してくれた一品。
恐らく、社会経済史畑の人にとっては周知の情報もあるのでしょうが、門外漢の僕にとっては、感嘆の連続でした。

基本的に、年輪年代学、生物季節学、氷河学などのデータと近世以降のヨーロッパの気候変動と人間の基本的関係を明示しようと試みたもの。


年輪から、年代と降水量、気温などの情報が得られるということはそれなりに知っていましたが、葡萄がヨーロッパでは、1年の天候を知る上での貴重な指標となるということは知りませんでした。


基本的なところからいきますと、世紀を通して、ヨーロッパの気候変動には一定のサイクルがあるということを知りました。

例えば、

1855−1955年:氷河縮小局面=世紀規模の「再温暖化」
1590−1850年:「小氷期」(現在より平均気温摂氏0.3度〜1度低い:特に1640年以降から寒冷化顕著)

ちなみに、アルプスでは、5つの氷河前進期(=寒冷期)が確認されるそうです。

a;B.C.1400−1300年、アルプス氷河最大期。「後氷期最大の進出」。
b;B.C. 900−300年。
c;A.D.400−750年。
d;1200(1150)−1300(1350)年。
e;1550−1850年


中世の場合、9−11世紀は、20世紀の氷河後退よりもやや優勢で、カロリング期から大開墾時代までの4世紀の気候というのは、20世紀と同程度かそれ以上(!)なんだそうです。


なかでも、1080−1180年は「小気候最適期」の最高期(冬温暖・夏乾燥)で、これは英・仏・独で確認されると。


また、1350−1500年も氷河後退がありますが、非常に微弱で、9−11世紀よりも少ないとのこと。


これは、ドイツの泥炭坑からも確認されます。それによると、400−700年と1200年が寒冷だったということが、炭素14によって明らかにされています。


個人的に、13世紀が氷河前進期であったということが確認できたのは収穫でした。

また、1310−1320年間の寒冷・湿潤・多雨は最悪だったらしいということ。この時期は特に悲惨な飢饉の時代であったということが確証されているのも有益でした。


もう一つ、生物季節学的アプローチの成果を紹介してみます。
ここでの指標となる植物は葡萄の生育状況です。


特に、葡萄収穫日は、共同体が収穫開始日を指定するので、その日付の通常期よりも早いか遅いかで、その年の天候状況を推測することができるということなんだそうです。
それは、3−4月、9−10月の天候の良し悪しの指標になります。
平均9月頃が収穫開始日で、それより早ければ、その年は少雨、晴天、乾燥、温暖。遅ければ多雨、雨天、湿潤、寒冷ということになり、年毎の春から夏にかけての気候タイプを示します。
さらに、ワインの品質は、夏の数ヶ月、6−9月の暑さに影響されるので、この期間、暑く、乾燥していれば品質は良いということになります。そこで、これも当時の史料から探っていくと。


ただし、この葡萄収穫日によるアプローチは、1400−1500年以前には史料が無いので使えないという点が残念。


こうしたデータが、アルプスの氷河の前進・後退や氷河の下の泥炭坑を炭素14で測定したり、グリーンランドアイスコア中の酸素18含有率データと照合、それを当時の史料と付き合わせて気候変動の復元をしていくわけです。


これまたまったく自分は想像したことなかったのですが、ヨーロッパにおける「最適気候」とはどのようなものなのか?というものでした。
ズバリ、ヨーロッパの「最適気候」とは、春・夏が温暖・乾燥、秋・冬が乾燥なんだそうです。
つまり、寒暖の差ではなく、降水量が大きな鍵を握るということです。特に、年間を通して多雨・湿潤というのが、主要農作物にとって大ダメージになるということになります。


また、地域によって作物の生育条件がことなる点も考慮に入れないといけません。
小麦を例にすると、地中海性気候では、乾燥が小麦の敵です。秋乾燥だと播種不可能になり、春乾燥だと将来の穂を殺し、翌年の種子までも駄目にすることになります。一方パリやロンドンなどの北では、過度の湿度が小麦の敵になります。バルト海地方だと寒さが敵です。

セーヌ・エ・オワーズ県を例にすると、冬の通常平均気温3.8度ですが、平均気温3度以下の年は豊作、5度以上の年は不作になるんだそうです。
基本的に、フランス・イギリスでは、春は日照不足と9度以下の平均気温だと小麦が不作となり、夏の平均降水量が多いと不作なります。逆だと冬穀物、春穀物両方にとって良い前兆と。これが地中海地方では、春が多雨だと小麦は不作になります。


とはいっても、これは現代のサンプルなので、そもそも小麦の品質自体に改良が加えられていますから、その辺は差し引いて考える必要があります。


それに、小麦の価格と気候変動の影響にはずれがあって、たいてい翌年の価格に反映されるということも注意が要ります。


結局、寒さは食糧にとってそれほど大きな問題ではなく、問題なのは雨が多いかどうか、それも年間を通して、ということになります。ですから、気候変動、寒冷化が即食糧危機に繋がるというわけではないそうです。


さらに、大気循環から、気候変動のより具体的な成立条件を知ることもできます。
ヨーロッパには、2つの大気循環のタイプがあって、「小氷期」を形成するタイプが、低気圧の南下による、冷気と湿度、冬の寒冷をもたらすもので、これは北から南へ、つまりノルウェー海から西地中海へ冷気が頻繁に侵入するものです。


反対に、気候最適状態の大気循環とは、「周極渦」*1の発達が小さいこと。つまり、低気圧が北にあって、偏西風もより北の方を通過できる、大気が東西に流れる状況です。これだと全般的に温暖になると。


蛇足ながら、実は日本の気候学史の成果が、非常に優れたものであるということが、よく分かりました。
荒川氏、藤原氏など、素晴らしいデータを提供しております。桜の開花、東京の初雪、諏訪湖の結氷など、5世紀分のデータを作っているのは凄いです。


直接自分の研究即使える情報ではありませんでしたが、非常に基本的な情報が得られた、大変有益な本でした。
残念だったのが、史料上の制約から、近世以降がメインで中世の詳しい情報というものがあまり見えてこなかったということです。
これは、中世の社会経済史の基本文献でもチェックして、もう少し具体的なデータが無いものか調べてみたいと思います。
さすがに、この領域まで一から自分で調べるのはしんどいので。

*1:極地方の対流圏の中・上層にできる低気圧。周極渦の圏内は気温が低く、寒気の中心が存在が赤道方面に拡大せず、北極周辺に収縮している状態が拡大せず、北極周辺に収縮している状態。