SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

吉野裕子『蛇―日本の蛇信仰』


蛇 (講談社学術文庫)

蛇 (講談社学術文庫)


初版1979年。

1916年生まれ。2008年没。
戦前に女子学習院を出、結婚し専業主婦なり、戦後津田塾大英文科を卒。学習院女子部勤務。
教職を退いた後、40代半ばで日本舞踊を習い始め、舞扇を手にしたことをきっかけに扇に関心を持ち、そこから民俗学研究を「素人」として始めた。
そして民俗学者として『扇』を刊行した時点で53歳。
遅咲きの在野の民俗学者
在野だったとはいえ、『扇』刊行後1975年から学習院女子短大講師、1977年には東京教育大学から博士号授与されている。


研究対象は多岐にわたるが、大きくは日本の祭礼、古代呪術信仰の系譜研究と言える。


著者の前置きはこの辺で止めて、彼女の5作品目たる本書は日本の蛇信仰の実態、蛇をめぐる習俗の実態解明が主眼。


はっきり言って、めっちゃ面白い。


まず動物学から蛇の生態についての分析紹介に始まり、古代の蛇の呼称「カカ」の言語分析、そして神鏡、鏡餅、注連縄、案山子などの習俗の系譜分析、縄文土器から祭礼まで、考古学、歴史学民俗学を動員し、こうして意味を忘れ、「隠され」てしまった、現在まで続く蛇信仰・蛇巫の系譜と古代人の信仰の核となっていたであろうものを、スリリングに明らかにしていく。


叙述スタイルも素晴らしい。
必ず冒頭に言い切る。気持ちいいくらいに。
例えば、序では、

日本原始の祭りは、神蛇と、これを斎き祀る女性蛇巫を中心に展開する。


と早々に言い切ってしまう。
もちろんこの後、きっちりそれを論証していくわけだけれど。


議論の構成はしっかりしていてかつ明快な論旨展開。
日本の研究書・論文ではよく見かける(はず)の前提情報を長々と説明したり、突っ込まれないように予防線を張ったりなど、まわりくどい論の展開をしない。
そういった意味では、この時代・この学問分野で、アカデミックライティングが当たり前にできている至極まっとうな研究者。
また、構成がしっかりしているので、主張や論証で結構アクロバティックなことを言っても説得力がある。


これくらい思い切りのいい、魅力的な研究を、たとえば今の歴史研究でできるかなどとも思ってしまったりする。


ちなみにこれも漫画『宗像教授』のタネ本のひとつでしょう。