SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

川田順造:『無文字社会の歴史』


懐かしの1冊。




太鼓によって王の系譜を語る、モシ族の歴史を長年のフィールドワークから明らかにした記念碑的著作。
著者はパリ第5大学で民族学博士。
ちなみに博士論文(1971)が最近単著として刊行された。
Junzo KAWADA, Genèse et dynamique de la royauté : les mosi méridionaux (Paris : L'Harmattan, 2003).


モシ族とは、アフリカ西部の旧フランス植民地で1960年に独立したオート・ヴォルタ共和国 Haute-Volta (1984年以降国名ブルキナ‐ファソ Burkina Faso) に属するモシ王国のこと。


口頭伝承と歴史の関係を鋭く指摘。
今ではオーラル・ヒストリーというものが「市民権」を得るようになってきたわけですけどね。
本書の貢献度たるや計り知れないように思われます。


それに初版1976年ということも象徴的。
1970年代の学問的雰囲気が感じられる。
学生運動、フランスなら68年革命、そしてアフリカの独立など激動の時代。
やや流れは異なりますが、日本でも1970年代に柳田民俗学ブームが起きますな。


各章が試論的内容。それだけオーラル・ヒストリーに対する認知度がなかったということかと。
無文字社会=文字を必要としない社会においても「歴史」があるのは何も珍しいことではないということを繰り返し示している。


それまでの歴史学・人類学に対する批判でもある。
文字=歴史、無時間性=人類学への批判というか。


特に13章、歴史伝承の「客観性」は痛烈。
人類学批判、「西洋中心」「近代(学知)」批判。
この章が一番手厳しい。


王権と歴史と記憶の関係の問題をこの時期に取り上げていたというのは見事。


とはいえ、著者以後のモシ社会はどう変容したのかという点はどうなっているのか気になるところ。
まったくの観察者でいられるとは思えない。
何らかの変化を担うことになっているはず。


全体でモシ族は200万いるとはいえ、小さなコミュニティーが各地に散在してるわけで、まったく影響ないとは思えない。


現にオート・ヴォルタ政府から招聘されるくらいの人物ですし。
それなりに影響力を持った人物と見なされていると思うのだけどどうなんでしょ。


それから14章、歴史伝承の比較では、著者がモシ族の大祖先たる伝説的王の名の語源を「解明」していく過程を紹介しているところ。
モシ社会の人にはその意味も由来もまったく気がつかなかった言葉が、氏の説に指摘されて初めて気づき、納得していく。
歴史を書き換えしているわけではないし、むしろ歴史に深みを与えているわけで、問題ないのかもしれない。


しかし、変容に貢献/加担していることは否めないように思うのですが。



これを最初に読んだのが修士入りたての頃でした。
えらい興奮した記憶が。


とある事情から、異類婚や跛行の王・王の娘、あるいは髭の生えた王の娘といった「伝説」のモチーフにも目がいきました。


氏はその後口頭伝承における音・身体とコミュニケーションへと研究を深めていくわけですが、個人的にはこちらの研究の方がかなり勉強になりました。


声 (ちくま学芸文庫)

声 (ちくま学芸文庫)

口頭伝承論〈上〉 (平凡社ライブラリー)

口頭伝承論〈上〉 (平凡社ライブラリー)

口頭伝承論〈下〉 (平凡社ライブラリー)

口頭伝承論〈下〉 (平凡社ライブラリー)



奥様が陶芸家の小川待子ということも知らなんだ。