SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

マージョリ・リーヴス『中世の預言とその影響』


傑作。
フィオーレのヨアキム研究の白眉。

中世の預言とその影響―ヨアキム主義の研究

中世の預言とその影響―ヨアキム主義の研究





タイトル通り、ヨアキムの神学内容について省察したものではなく、彼の神学が同時代、そしてその後数百年にわたって行使してきたその影響を丹念に辿る系譜学的手法を取った研究。


1929年からヨアキムを追いかけて60年、原著初版が1969年ですから、凄いことです。1929年にヨアキムに関心を示した研究者がほぼ皆無の状態から、ヨーロッパ各地の写本を精査し、かつヨアキムの影響を示す厖大な史料群を読破して出来上がった、文字通りヨアキム研究の集大成が本書。


ちなみにヨアキムの思想自体への本格的研究として

フィオーレのヨアキム―西欧思想と黙示的終末論

フィオーレのヨアキム―西欧思想と黙示的終末論

があり。
これも必読。


終末論・千年王国運動、ヨーロッパキリスト教世界において、連綿たる水脈を形成してきたこの思想に、恐らく最も影響力を発揮したのが、12世紀末、南イタリアカラブリアに現れた一修道院長フィオーレのヨアキム(Joachimus de Floris / Gioacchino da Fiore, v. 1135-1202)の思想でしょう。


父の時代、子の時代、聖霊の時代、といった過去・現在・未来に対する独特の時代感、旧・新約聖書の解釈法、数の神秘的解釈・計算…。
アンチキリスト、最終世界皇帝、「第三のフリードリヒ」、「第二のシャルルマーニュ」、天使的教皇、そして世界の<革新>renovatio への希求。


13世紀だけで見ても、その影響を抜きにした宗教運動と政治、神学思想の研究などはありえないといっても過言ではないはず。
インノケンティウス3世に対する評価、フランシスコ会聖霊派、隠修士教皇ケレスティヌス5世「廃位」とボニファキウス8世の登位を巡る醜聞など、きりがない。


ところで『教皇預言集』Vaticina というのは相当影響力を発揮したテクストだということがよくわかった。


圧巻が、中世末期から16・17世紀までのヨアキム主義を辿る点。
ルネサンスにおけるヨアキム主義の展開、及びプロテスタント陣営によるヨアキム主義の受容は非常に面白かった。
イタリア・フランス・ドイツのみならず、イングランド・スペインまで及び、時代も13世紀から17世紀まで、ヨアキム主義の影響力の甚大さに改めて驚かされました。いやそれどころか、19世紀までその影響力は消えていない。


しかもどれも実に魅力的。
詳しくは触れてませんでしたが、やっぱり薔薇十字とも関係あるんですね。


リーヴスもさらっとしか言及してませんでしたが、僕としてはアモリ派にかなり注目してます。
13世紀の説教をやる者にとって、ヴァルド派、カタリ派と並んで重要な連中です。
その意味で、アモリ派にいち早く目をつけた Capelle や d’Alverny には多謝(ところでカタカナ表記するなら「ドーヴェルニー」ではなくて「ダルヴェルニー」ですよね…)。


最後のリーヴスの記念講演録。ヨアキム研究史でありリーヴス自伝でもある。彼女の学問的人間関係が垣間見れて有益。
やはりヴァールブルク研究所の存在が。


しかしこうやってリーヴスの学問的経歴を見ると、当時のオクスフォードでカトリック的なものを研究することは相当抵抗があったであろうと想像させてくれます(というか今でもやりにくいらしい)。このあたり、中世聖書釈義研究のパイオニア、Smalley 女史 と通ずるものを感じます。