SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

古代東西を代表する残酷エピソード:董卓とネロ

まったく本業ではない古代史から。
しかもローマ史と中国史とのコラボ(笑)。




「董袁劉伝 第六 董卓伝」 『正史 三国志 魏書 Ⅰ』第1巻(ちくま学芸文庫、1992年)より。


董卓(?‐192年)が少帝を廃位させて何太后ともども殺害し、霊帝の末子陳留王(=献帝)を皇帝に立て、董卓自身相国(=宰相)にのし上がるという、クーデタ(?)の流れで、都で自兵による略奪横行をし、洛陽を大混乱に陥れる話。


董卓は性格が残忍非情で、厳しい刑罰で人々をおどしつけ、わずかな怨みにも必ず報復したので、人々は自分の安全を保つことも困難であった。そのとき、ちょうど二月の春祭に当たっており、住民はこぞって神社に集まっていた。そこにいる男子の頭をことごとく切り落とし、住民の車や牛に乗り、女性や財宝を載せ、切断した頭を、車の轅にぶら下げ、車を連ねて洛陽にもどり、賊を攻撃して大量の捕獲品をあげたといいふらし、万歳をとなえた。開陽門から街へ入り、〔切りとってきた〕頭を焼き、婦女を下女や妾として兵隊に与えた。さらには宮女や公主に暴行を加えるに及んだ。董卓の極悪ぶりは、これほどのものであった。

414頁


さらにその後、董卓は洛陽の宮殿に火をつけ灰燼に帰せしめ、長安に強制遷都させます。ますます董卓一族による専横が極まるわけですが、董卓は自身が居を構える郿に城砦を建築します。ある時、この砦を巡察することになり、公卿以下そろって横門(長安城から北へ出る門のうち最西にある門)の外で送別の宴を催します。
そこでこんなことが。

董卓はあらかじめ幔幕を張って準備しておき、酒宴となると、反乱した北地郡の降伏者数百人を中へ引き入れ、席上、まずその舌を切ってから、手足を切ったり、眼をくりぬいたり、大鍋で煮たりした。まだ死にきれない者が、杯やテーブルの間を倒れて逃げまわり、集まった人々がみな慄然としてさじや箸を取り落としても、董卓は平然として飲み食いを続けいていた。

419−420頁

これ、漫画の『蒼天航路』では描写されてますね。横山『三国志』ではどうだったか失念。
僕はてっきり漫画が董卓の横暴を誇張するためにでも描いたのかと思ってたら、
しっかり正史に記述されてるとは露知らず。
やっぱすごいよ董卓



だが、ローマ皇帝のネロ(位54−68年)も負けてはいません。
スエトニウス『ローマ皇帝伝 下』(岩波文庫、1986年)より。


ネロの性欲の留まるところ知らなさっぷりがこれでもかと書き連ねられています。稚児や既婚女性との不義密通では飽き足らず、ウェスタ聖女ルブリアまでも凌辱します。(162頁)

さらに少年スポルスの生殖線を切りとり、彼を性転換させ、婚資を与え、ヴェールをかぶせ、結婚式を挙げ、妻として迎えます。(163頁)
そして母親アグリッピナとの同衾を欲したのは有名な話です。


ですが、彼の性欲は猶もその極みにまでいこうとします。

ネロは自分の純潔を公衆の面前で、どん底まで落としてしまった。体のほとんどすべての器官を穢したあげく、ついに、いわば一種の遊戯を考案したのである。彼は野獣の毛皮で身を被い隠し、檻から放たれると、杭に縛りつけていた男たちや女たちの陰門をめがけて突進した。そして獣欲を充分に堪能させて、最後に解放奴隷ドリュポルスによって仕上げがなされた。この者に、ちょうどスポルスがネロに嫁いだように、今度はネロが嫁ぎ、暴行されている処女の叫びや悲鳴をまねた。


164頁


また、ネロは母アグリッピナを殺すことになりますが(59年)、母親殺害後のネロの挙動についても有名な話が語られています。


この上に、気味のの悪い話が、確かな典拠によって加えられている。ネロは殺された母の亡骸を見ようと駆けより、四肢にさわり、あちらをけなし、こちらをほめたりしながら、喉が渇くと、ときどき酒を飲んでいたと。

172頁


こうしたネロの情報について、スエトニウス(70頃‐140年頃)が一体どのような資料に当たって書いたのか、不勉強なので知りません。
ただ、スエトニウスは、皇帝の布告、業績録、帝室日誌から自伝、書翰、詩文創作に至るまで、丹念に引用しているとのこと。(380頁)
『皇帝伝』De Vita Casarum Libri VIII は、119-122年頃に第1巻が書かれ、恐らくハドリアヌス帝治世期(位118−138年)には今の形になったものだろうとされています。

一方『正史 三国志』は、言うまでもなく、蜀漢の遺臣で西晋の官僚、陳寿(233−297年)によって280−290年頃に編纂された全65巻からなる史書ですね。とはいうものの、紀伝体の体裁を取りながら体裁としてはやや欠けている面もあるとのことで。


しかし、董卓もそうですが、よくまあこんなこと思いつくよなあ、と権力にある者の想像力に感心した記憶があります。
そんな思い出をこめて、今回敢えてエントリー。


しかしですね、ネロは並み居る皇帝の中でも、こうしたトンデモ逸話に満ちている点で圧巻だと思います。


ちなみに、この母親の死体を寸評するエピソード、中世では、アグリッピナの腹を捌いて、内臓の寸評をしている様子で描かれる形も伝わていてます。


古代東西残酷対決でした。
全然中世ネタじゃないのな。


正史 三国志〈1〉魏書 1 (ちくま学芸文庫)

正史 三国志〈1〉魏書 1 (ちくま学芸文庫)

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

ローマ皇帝伝 下 (岩波文庫 青 440-2)

ローマ皇帝伝 下 (岩波文庫 青 440-2)