SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

 『回顧と展望』


さて、この時期は毎年恒例、昨年の歴史学会を総括する『史学雑誌』の回顧と展望が出されました。


個人的に気になったものを、いくつかメモ代わりに。


「総説」では、以下の書物が紹介されていました。


戦後史 (岩波新書 新赤版 (955))

戦後史 (岩波新書 新赤版 (955))


オーラルヒストリーの問題が注目される関係で。

今、親に聞いておくべきこと

今、親に聞いておくべきこと


そして2005年度の「最大の収穫」として、

マルク・ブロックを読む (岩波セミナーブックス)

マルク・ブロックを読む (岩波セミナーブックス)

がやはり挙げられていました。



「歴史理論」は短いながら、かなり考えさせられる指摘が多数。


注目したいのは、アカデミズムの独立性といった立場に固執することへの疑義を唱えているところ。「アカデミズム史学が自らの領域を囲いこんで、外から影響されないことを貴しとしてきたのは、これまた『作られた伝統』ではないか」と。


それと、「世界各地域の歴史の専門家が揃う日本」というのも、確かにはそうかもしれません。僕のいたところでも、せいぜいイスラームくらいでしたし。


あと、「大英帝国」の「大」を使うことの裏にある歴史認識の問題も指摘。
でも、出版社はタイトルに入れたがるらしいですね。


アーカイヴズのあり方の議論についても注目。

修正主義の理解をきちんとするべきというのも。


それと、欧米研究機関のディジタル・サーヴィスの威力の問題。
これは確かに。あっちの研究機関だと、ほとんど毎月、新しいサーヴィスが無料で使えるようになっている印象がありました。日本だと、一部の大学のみでしか使えないOLサイトが、どこの大学生でも使えるというのにはちと驚いた記憶があります。西洋中世に限っても、この面でのフォローが日本でもできないと、今後はますます大変になっていくような気がします。



さて、「日本」〈古代〉で、研究の個別分散化、問題意識の劣化、研究の行き詰まりといった現状の指摘や、「昨年公表された論文のうち、どれほどが今後の研究の検証に耐えて生き残っていくだろうか」ということばを引用していますが、身につまされます。


これは、〈中世〉でも似たような指摘がされていて、学会などで若手の報告を聞くと、内容はそれなりにまとまっているのだが討論が盛り上がらなく、先行研究との関係や他の歴史事象との関連を問われても、「検討しておりません」などと「暖簾に腕押し」状態だとのこと。歴史の全体像との関係への意識が希薄なのではないかと、ここでも苦言が。


また、「東アジア」〈中国〉[近代]の項で、評者が「永い価値ををもつべき研究は、現在に規定されてでしか生み出されえない、という一種の逆説が、歴史学にはつきまとう。」

というのは、上の「歴史理論」で述べられていたことと、ニュアンスが違うのかもしれませんが、似たような指摘ではと思いました。


西アジア北アフリカだと、やはりこれです。


イスラーム世界の創造 (東洋叢書)

イスラーム世界の創造 (東洋叢書)


冒頭の「歴史理論」でも取り上げられていますし、後で見る「ヨーロッパ」の項でも言及されている、重要な研究とのこと。


それと、〈近現代〉でトルコのこれも気になりました。


現代トルコの民主政治とイスラーム

現代トルコの民主政治とイスラーム


イスラーム民主化の問題をトルコを例に真正面からとらえた労作」とのこと。

あと、イスラーム地域研究叢書』も見逃せません。


さらに、「アフリカ」では、「イスラーム」、「ヨーロッパ」といった大きな枠組みを論じる傾向とは逆に、個別・地域に沈潜することを提唱しているのが興味深かったです。


「ヨーロッパ」だと、〈中世〉[西欧・南欧]では、多様と混沌と「展望」がきかないという評者のコメントを、個人的には研究の盛況の表れとして、好意的にとらえたいと思います。


〈近代〉[一般]では、福井先生の著作の紹介を通して、


ヨーロッパ近代の社会史 工業化と国民形成

ヨーロッパ近代の社会史 工業化と国民形成


今後の歴史研究のありかたを論じている箇所があり、歴史家に課されているのは「問いの質と投げかけ方」であるという指摘に注目。歴史をやっている人なら誰しも抱き続けている問題だと思います。


さて、近代史で紹介されているものの中で気になる文献がいくつかありました。


革命と性文化

革命と性文化


国民国家と帝国―ヨーロッパ諸国民の創造

国民国家と帝国―ヨーロッパ諸国民の創造


帝国研究はかなり盛況です。

「敗北は勝利よりも想像の共同体を構築しやすい」というコメントがあるんですから、そりゃ読みたくなるでしょう。


アメリカ」では、


白人とは何か?―ホワイトネス・スタディーズ入門 (刀水歴史全書)

白人とは何か?―ホワイトネス・スタディーズ入門 (刀水歴史全書)

が挙げられるように、ホワイトネス研究の進展が目に付くこと、「アトランティック・ヒストリー」の目覚しい展開というのも気になりました。


実際、回顧するだけでも、どの分野を問わず大変で、展望となると、なおさら混沌としているというのが、今年の(も?)感想でした。


あ、もちろん、これも紹介されていました。

西洋中世学入門

西洋中世学入門