SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

『ヴァルド派の谷へ』


風呂上りや寝る前の読書にと思って読み始めたら、1時間くらいであっさり読み終わってしまった。




17世紀、サヴォワに生きた異端ヴァルド派の谷を、史料との出会いから綴る。

ヴァルド派といえば、13世紀にリヨンに現われた異端で、カタリ派と並んで有名ですが。ちなみに僕の本業でも必ずと言っていいほどぶつかる連中の一つでもあります。
実際には、中世のヴァルド派と、本書で扱われる17世紀のヴァルド派は、名前は同じだけども、後者の中身はプロテスタントの一派です。
当の彼らは、自分たちの歴史をそのようには記憶しておらず、パウロによって伝えられた「真の教会」であると信じています。


で、このヴァルド派は、一般的に、宗教改革期にはプロテスタントの台頭もあって吸収・壊滅していくなどと言われていますが、このピエモンテの渓谷で、サヴォワ公国・お隣フランス王国の迫害にも抵抗して生き延びていました。

その生き延びた要因が、当時のイングランド、ドイツ、オランダ、スイスなどの国際的なプロテスタント・ネットワークが彼らを時に逃がし、自国に保護したりなどして様々な側面から支援していた。

本書はイングランドとヴァルド派の谷が17世紀以降、どのようなつながりを持っていったのかを紹介しています。

クロムウェルサヴォワ公国による弾圧を外交圧力で停めさせたり、王侯貴族・国教会の人々が寄付や若者留学を援助したりと、かなり大規模・組織的にヴァルド派を支援していたようです。

政治的な思惑からというのもありますが、国際的なプロテスタントによる連帯を求める気運が高かったということがあります。


こうしたイギリスのヴァルド派支援運動とヴァルド派の抵抗から、平和期の後、18世紀になると、フランス大革命とナポレオン戦争によって、状況が一変、サヴォワ家がピエモンテから放逐、仏・露・墺が交互に同地を支配するようになり、以前よりも締め付けは緩くなったものの、谷の疲弊は進み、それまで不断の援助をしてくれたプロイセン、オランダ、イギリスが手を引いてしまって深刻な貧困が谷を覆いつくします。それに追い討ちをかけたのが、ナポレオンの流刑により、サヴォワ家がイギリスの支援を受けて戻ってくると同時に、抑圧体制を復活させ、ヴァルド派を市民から異端へと戻します。ヴァルド派の聖職者がプロテスタント諸国との関係回復を図りますが、大きな援助は期待できなくなります。


しかし、イギリスでは、キリスト教知識普及協会(Society for Promoting Christian Knowledge: SPCK)という任意団体が、かつて自分達がこのヴァルド派を援助していたことを「発見」して、国内で熱心に支援キャンペーンを展開します。

すごいのが、そこで喧伝されるヴァルド派像。「謙虚・知性・勇気を兼ね備えた真のキリスト教徒」としてアピールされます。後の首相、グラッドストンもいたく感銘し、グランド・ツアーで実際に谷まで訪ねるほど、このアピールは影響力をもっていた。

さらに、1848年、サヴォワ家によるヴァルド派「ゲットー」を解除、市民権を得ると、イギリスヴァルド派支援者は、彼らを国教会と一体化させ、谷を中核としてイタリア全土のプロテスタント化を計画します。


これに加えて、サルディーニャ王国でも、あのカヴールが、この「イタリアのプロテスタント化」を計画を容認します。ヴァティカン勢力の抑制を狙ってのことです。
イタリアのリソルジメント国家統一」の動き、ガリバルディの進軍と連動して、シチリアナポリへとヴァルド派の布教活動の範囲が拡大していくというのが面白い。

結局、イギリス人の思い描いた計画は失敗するわけですが、19世紀、イギリス・イタリアでのヴァルド派の影響というのはかなり興味深かった。イタリアでも、『クオーレ』の著者デ・アミーチスが、ヴァルド派の民を「見出し」、「新興イタリア王国の一員」として綴っています。



ピレネーの異端カタリ派の村を克明に掘り起こした、『モンタイユー』の縮約近世版?とアベキン先生の『ハーメルンの笛吹き』を髣髴とさせる史料との出会いから、ヴァルド派の歴史を綴る作業を「見せる」やり方など、個人的にかなり好きなスタイルでありました。


特に近代のヴァルド派をめぐるイギリス・イタリアとのエピソードは、「へぇー」と思って読んでいました。

僕の留学先は、まさしく「開祖」ヴァルドの街でしたが、街の中に彼らの「記憶」というものはほとんど残されておらず、わずかに郊外の地名があるくらいしか、僕には見つけられませんでした。

以上、気の向くままに内容と感想を書いてみましたが、まあしかし、山川のこのシリーズは面白いですな。



おまけ。

ヴァルド派研究の入り口紹介。

Audisio, Gabriel . , Les Vaudois : Histoire d’une dissidence XIIe – XVI siècle (Paris, 1998) .


こっちは英訳。

The Waldensian Dissent: Persecution and Survival, c.1170?c.1570 (Cambridge Medieval Textbooks)

The Waldensian Dissent: Persecution and Survival, c.1170?c.1570 (Cambridge Medieval Textbooks)