SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

『ヨーロッパ成立期の学校教育と教養』


ヨーロッパ成立期の学校教育と教養

ヨーロッパ成立期の学校教育と教養


カロリング期の学知・教養に関する基本文献。
リシェはフランスを代表するカロリング文化史の権威。
ちと古いですが。

知泉書館って高いですがいい本を翻訳します。
索引も人名・地名・事項索引に分類し、それぞれにきちんと原語つけてありますし、注の訳し方も良い。

ただ、固有名詞の訳語表記に少々問題あり。

たとえば、ウートルメールのルイ(179頁)という表記がありますが、これはルイ海外王 Louis d'Outre - mer 、つまり西フランク王、シャルル単純王の子、ルイ4世(936−954)のことです。

あと、カール大帝の子、ルートヴィヒ敬虔王とありますが、彼は「皇帝」なので敬虔帝とした方がいい。
さらに細かく言うと、フルーリ Fleury というのもフルリ、オーセール Auxerre ではなくオセールグラストンベリー Glastonbery もグラストンベリ、ガンデルスハイムではなく Gandersheim ガンダースハイムと、より原語に忠実な表記にするのが通例です。
ババリアというのもフランス人の呼び方なので、現地語に忠実にバイエルンとした方がいい。

本当に瑣末なことですが、こういうのをちゃんとしないで論文を出すと、こんなこともきちんと書けないのかと言われて論文審査で落とされるなんていうことも多々ありますから注意が必要です。まぁ、そんな小さなことをもねじ伏せるだけの質の高い論文を出せばいいんですが。

ただ、前にも書いたかもしれませんが、古代史と違って中世の人名を訳す基準が曖昧なのが日本の中世史研究では悩みの種になっています。
古代史は全部ラテン語発音表記でいいんですが、中世史の場合、基本は姓名ともに現代の現地語表記にするか、姓だけは現代語表記、名はラテン語にするかなど、表記に揺れがあるんです。
研究者間では通じるんですが、一般書にする時、本によって表記が違うと知らない人が読んだ場合、同一人物を全く違う人と勘違いしかねません。

例えば、12世紀を代表する人物、Bernard de Clairvaux をクレルヴォーのベルナールとするか、クレルヴォーのベルナルドゥスとするか、ベルナール・ド・クレルヴォーとするか、人によってまちまちなんです。流石にベルナルドゥス・クラルヴァレンシスと全部ラテン語から訳す人はいませんが。ちなみに、Clairvaux というのは「明るい谷」という意味で、日本なら「明谷さん」という風になるんでしょうか。
13世紀、カタルーニャが生んだ異色の医者、アルナウ・ダ・ビラノバ Arnau da Villanova (スペイン語カタルーニャ語は v とb の発音は一緒)は日本風にするなら「新町」のアルナウってことになります。

ベルナールくらいだとまだ判別しやすいですが、Berthold von Regensburg はレーゲンスブルクのベルトルト、もしくはベルトルト・フォン・レーゲンスブルクとなるのですが、フランス人研究者は Berthold de Ratisbonne とするので、これを知らないと、ラティスボーンのベルトルトと、全く別人の如く訳してしまったりする危険があります。
また、フランス人研究者は、同じ人物を色んな呼び方で書いたりしますからこれにきちんとついていかないといけない。
要するに中世史研究の翻訳は色々細かい点で面倒くさいということです。


すっかり横道に逸れましたが、内容自体は9−11世紀くらい、つまりカロリングからその崩壊期の教養の在り方、何を学び、どう学んだか、どう教えたか、知の価値など、多面的に見せてくれるカロリング文化史の圧倒的好著です。
13世紀の教養の問題に突っ込まなきゃならないので、どういう系譜があったのかを知る上で事典代わりにもなるいい仕事です。

こういう良質の研究書を安価な値段でどんどんだしてくれないかなぁ。
日本は研究書が高すぎです。
フランスだとどんなに高くても1万は超えませんし、平均2〜3千円、しかもすぐ文庫サイズになるので千円前後で入手できます。
大体研究書でハードカヴァーっていうのはあんまり必要ないように思うんですよね。
それと藤原書店やありな書房みたいに美しい装丁というのも確かに好きですが、そこに金をかけて高くなるんだったらやめて欲しいと思ったりします。

研究書の場合、要は重要な研究が早く、安く手に入ることが第一だと思うんですけどね。