SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

平㔟隆郎『よみがえる文字と呪術の帝国』

著者は東大・東洋文化研究所教授。


みんな大好き中国古代史。
甲骨文の発見によって明らかになった殷王朝…のはずが、実は甲骨文の読解作業において、重大な誤りをしてきたのではないか…というのが問い。


みんな大好き司馬遷の『史記』に記された夏・殷・周の古代王朝の系図は、甲骨文によってその王統の系図が正しいということが認められてきた。

ところが本書は、殷・周代の暦の計算法、および元号の呼称法が、従来考えられてきた方法ではないのではないか、発掘された青銅器に記された暦と後代の文献史料に記載された暦との齟齬の問題を、著者が暦法元号呼称法の再分析を実施することで、暦法の修正を試みる。

暦法元号呼称法の差異は、従来の古代史像に重大な修正を迫るとともに、改めて漢字が古代中国世界における権力と呪術的意味との関係と、周・春秋・戦国・秦・漢へと続く時代において、その意義を大きく転換するものであったことを指摘する。

扱う史料は甲骨文暦日史料、金文暦日史料、『竹書紀年』『春秋』などの年代記
立年称元法と踰年称元法の違いと、夏の暦(夏正)が戦国中期に始まったという問題と絡ませながら(観象授時の暦と夏正の違い)、文字と呪術の古代中国王権の世界を描く。


素人なので、著者の主張する暦法の正しさの是非については判断できない。
説明を見る限り、著者の言う暦で矛盾が無いと思われる。


学会において、著者の一連の説は受け入れられ、これが定説となっているのかも、こちらでは判断つかない。


漢字以前の文字の存在の指摘が面白い。
漢字が先行する文字の影響を受けて、初めから高度な体系性を有して出現したのではという説。
現在、漢字に先行し、かつ漢字につながらなかった文字の存在がいくつか知られてきている。

一字ごとに記される符号レベルのものであれば、紀元前6千年紀をさらに遡ることができる。
新石器時代の文字と後漢時代の碑文で知られる彝文(現代の少数民族、彝族の文字の文章)の比較研究がある。

長江中流域を本拠とした、ご存じ楚という国がある。
この長江中流域において、殷代後期の甲骨文より古い、殷代中期に相当する時期の文字の存在が知られている(江西省清江呉城出土陶器)。


以下メモ。

「省」:一定の地域・国族・集団に対して巡視査察を行うこと。視察の呪力によって相手に圧迫を加えるような威力をもつことを「徳」。
目の呪力はその人に内在する一種の精神の威力によるものとされ、その力を象徴するものとして「心」を加える。これが最も原始的な「徳」の観念。
「徳」「省」など「目」を部首としてもっているもの=「目」が呪力に関わる。


眉寿=通常は長寿の人。
白川『説文新義』:巫女が呪的目的をもって眉毛を装飾的に描き加えた形。媚蠱の呪術。
「蔑」:戦争において媚蠱を行う巫女の意。

巫覡祝史:巫=巫女、覡=巫男、祝=祭祀の際の言葉(祝詞)を発する役目の者、史=文字を記す役目の者。

徳=西周金文では天が目をいからせる形。天の霊力。

中華=戦国時代にも漢代にもない言葉。あるのは「夏」「中国」

殷代の漢字史料=殷の甲骨文、殷末周初の甲骨文、殷の青銅器銘文しかない。つまり殷代の漢字使用は限定的だったと推測される。
殷周時代、青銅器作成自体は各地で行われた可能性はある。しかし、銘文を鋳込む作業は王都と副都の工房でのみ行われた。

彝文

白川静著作集〈別巻〉説文新義(1)

白川静著作集〈別巻〉説文新義(1)