SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS ANNEX

SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

『ヨーロッパの中世』


ヨーロッパの中世―芸術と社会

ヨーロッパの中世―芸術と社会


原著はこれ。Duby , Georges . , L’Europe au Moyen Âge : Art roman , art gothique , Paris , 1990

デュビィの文章というのは、フランス人にしてみても「名文」で、フランスの歴史書で一番美しい書はどれかと聞かれると、必ずその名が挙がるほどなんだとか。僕も僅かながら読んだことがありますが、大してフランス語を読みこなせない自分でも、デュビイの文章はかなり独特?というくらいのことは思います。「雅文」ではないと思うんですよ。そんなに見たこと無い文語やら単語連発というものではないと思いますし。


そんなわけで、マルク・ブロックと並んで翻訳はかなり手こずると言われているのがデュビィなんだそうで。
そして、デュビィの翻訳はいくつかありますが、なかでも本書の訳は評価が高いと言われています。
本書は、基本的に11世紀から15世紀くらいまでの、建築や絵画、タペスリーなど、西洋中世の諸々の「芸術」をその社会との関わりの中で「イメージしていく」ことを狙いとする良質の一般書です。

で、読んで見ますと、もう美しいの一言です。
いや、多数の図版の美しさもあるんですが、文章が素晴らしい。


たとえば、「紀元千年」の章で、オットー朝の帝権を説明していくのですが、皇帝ハインリヒ2世が纏った祭礼用マントに刺繍されている星座と黄道十二宮の図柄について、このマントにある天空とは、宇宙であり、世界を覆う無限の秩序に皇帝が包まれていることを人々に示し、現在・過去・未来に渡り、皇帝が最高指導者であること、秩序を保証し、恐怖に勝利する者であることを明示するためだと解説したあと、次のように締めくくるわけです。


こうした権力の誇示と、その周辺とのあいだの途方もない落差には驚かされる。宮殿のすぐ近くには、森で豚を飼育する野蛮な部族がいるし、パンでさえ、真っ黒のパンでさえ贅沢品である農民がいるのである。皇帝とは何か。それは夢であった。


渋すぎです。
大体、本書の入りからして渋い。

想像してみよう。歴史家たちでさえいつもそうせざるをえないのだから。

こうやって、紀元千年頃の気候、風景、人口動態などを、軽妙に叙述していくのです。
文学作品みたいな構成をとりつつ、見事に歴史学の成果をふんだんに、余すところなく盛り込み、それを数々の図版と対応させながら説いていく。
そんなところでしょうか。テンポもよくって一気にいけます。


たとえばこんな感じ。またまた、「紀元千年」の章の最後。11世紀という時代を締める言葉。


衰退と贖罪の時代、歴史は動かず、時もなく、今がすべてであった。しかし11世紀初頭、人類は堕落した状態から立ち直る。皇帝の指導のもと、人類は歩みはじめたのである。芸術作品はそのときまさにこの歩みを導こうとする。…


壮大なサーガ?のようなエンディングで第1章「完」といった叙述ですよ。


その麗しい文章を支えるもの何なのかとふと考えますと、本書は紀元千年から15世紀までの長きに渡る時代を扱っているのですが、彼の膨大な知識に裏づけされ、その圧倒的情報を、一つの壮大な「物語」にまとめていく強靭な構成力、そして何よりも、多くの史料の背後にある世界を読み解こうとする豊かな想像力にあるのではないのか、という思いに至ります。
いや、気になるところはあるんですよ。特に13世紀の記述なんか。
でも、「おお、言われてみれば!」と、僕の目を啓かせてくれる文が、それはもうしがない中世史学徒への慈雨のごとく降り注ぐのです。
歴史研究の叙述を一段上の世界に持って行ったような、そんな感じがします。


昔学部の頃、本書を読んだときに、デュビィっていうのがあまりよく知らなかったせいもあるのだと思いますが、どうもこのスタイルが「クサイ」感じがして、好きではありませんでした。いろんな意味で、学問にたいしておかしなマッチョ思考に染まっていた気がします。ただのアフォということです。
こんなステキ本を見逃すなんて、ほんと自分のバカさ加減に呆れっちゃうよなぁ。


グレゴリウス聖歌はある種の軍歌であり、修道士は戦闘員で、サタンの軍隊に対抗するために、大声をはり上げたとか、ロマネスク教会はフーガであり、宇宙の秩序の反映であると同時に、一つの方程式でもあるだとか、修道院は自分の殻に閉じこもっていたのに対し、大聖堂はだれに対しても開かれ、それは信仰篤き民衆全体に向けられた公的な宣言であり、無言の演説であり、そしてなによりもまず権威の誇示であるとか、とにかく随所にステキフレーズ満載です。


あと、13世紀以降、社会・「芸術」の関係において、とにかくフランチェスコの精神というのが、幾つもの水脈を作っていくということを強調しているのは興味深かったです。


各章末に関連史料訳もついているので、それを読むのも面白いです。