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SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS 別館

A. ティエリ:『メロヴィング王朝史話』


寝る前や移動中に読もうと思ってたら、面白すぎて寝られなくなった。


メロヴィング王朝史話〈上〉 (岩波文庫)

メロヴィング王朝史話〈上〉 (岩波文庫)

メロヴィング王朝史話〈下〉 (岩波文庫)

メロヴィング王朝史話〈下〉 (岩波文庫)



メロヴィング王朝と言えば、言わずもがな西ローマ解体後、属州ガリアにクロヴィス(m. 511)が建てたフランク王国最初の王朝(507‐751)。
歴代メロヴィング王の中でも、話のメインはクロヴィスの孫にあたる、ネウストリア王キルペリク1世(m. 584)とその3番目の妃フレデグンド。
とにかくこの2人がひどすぎるw


約束なんて関係ねぇ!とばかりに兄弟からモノは奪うわ、人は殺すわ、女は手に入れるわ。
妃も妃で、腹違いの子どもが大嫌いだからあの手この手の陰謀張り巡らせては殺していくわで、いやはやどっちも凄まじい。


まさにヴァイオレンス世紀末・メロヴィング


ただし、これが本当のメロヴィング王家の姿かというと、当然ながら色々差っぴいて見る必要がある。
メロヴィング期の1級史料の一つ、トゥールのグレゴリウス(Gregorius Turonensis、538-594)の『歴史十書』を主たる史料としてティエリが使っているにせよ、ティエリの素朴読み+想像力がなせる代物です。


ちなみにトゥールのグレゴリウスの『歴史十書』は最近新訳がでましたね。

フランク史―一〇巻の歴史

フランク史―一〇巻の歴史

僕は東海大出版の2巻本の方で入手しました。羅和対訳です。もう入手困難みたいですけど。新訳の方はテクスト校訂の情報がしっかりしているようですね。


で、『歴史十書』についての最良の研究がこれですよね。

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さて、本書の原題は、Récit des temps Mérovingiens (Paris, 1840).
著者ティエリ Augustin Thierry(1795-1856)は、正統王朝期から7月王政期に執筆活動をしていた歴史家。世代的に言えばミシュレより一世代前の先輩に当たるような人物。


その時代風潮を当然ながら浴びていますから、スタイルとしてはロマン主義的な歴史で、なおかつ中世史をやっているところから彼の立ち位置を推し量れるでしょう。けっこう筋金な人物。
若くしてシャトーブリアンに入れあげてますしな。ちなみに本書も献辞がオルレアン公。


特に1830年代は「ガリア」「ガリア人」への注目が集まった時期で、ローマ教皇の影響力排除を目指す「ガリカニズム」の盛り上がりと、一方で強大になりつつあったプロイセンが「ゲルマン人」とダブって見られるようになってきてました。


シャトーブリアン(François René Chateaubriand, 1768-1848)はまさにこの時代を代表する文人でしょう。ちなみに彼がブルターニュ出身というのもミソです。
彼の『殉教者』Martyrs (1809)は、「ガリア」は「フランス」という感情を定着させた、まさに「民族感情の源泉」になった著作。


ちなみにオーギュスタン・ティエリの弟、アメデー・ティエリ(Amedée Thierry, 1797−1873)も当時有名な歴史家で、『ガリアの歴史』Histoire de la Gaule (1828)などを物しています。
いかに兄弟揃って「ガリア」なのか推して知るべしってところですな。


さらに付言すると、1833年のギゾー法により、初等教育ガリアの歴史が教授されるようになる。
正統王朝期・7月王政期はことに中世ブームでもありますが、これも王政という政体と対外的情勢とがあいまっている。もちろん文学・思想的にロマン主義が盛り上がるというのもありますが。


で、これらの要素がじわじわと浸透し、第2帝政期の1860年代には、カエサルに抵抗した「ガリア人」ヴェルサンジェトリクス(ヴェルキンゲトリクス)が「祖国愛」、ジャンヌ・ダルクが「信仰」、ナポレオンが「栄光」をそれぞれ体現する英雄として「整備」されていくそうです。



この辺の事情は、以下の文献に興味深く載せられています。

<民族起源>の精神史―ブルターニュとフランス近代 (世界歴史選書)

<民族起源>の精神史―ブルターニュとフランス近代 (世界歴史選書)